障害年金-社会保険審査会裁決例

平成17年(厚)第280号  平成18年6月30日裁決

             主      文
社会保険庁長官が、平成17年8月4日付で、再審査請求人に対し、障害手当金を支給しないとした処分を取り消し、同人には障害等級3級の障害厚生年を支給するものとする。

             理      由
第1 再審査請求の趣旨
再審査請求人(以下「請求人」という。)の再審査請求の趣旨は、障害厚生年金及び障害基礎年金の支給を求めるということである。
第2 再審査請求の経過
1 請求人は、脳梗塞(以下「当該傷病」という。)により障害の状態にあるとして、平成17年5月27日(受付)、社会保険庁長官に対し、障害基礎年金及び障害厚生年金(以下、併せて「障害給付」という。)の裁定を請求した。
2 社会保険庁長官は、平成17年8月4日付で、請求人に対し、障害認定日当時における、当該傷病による障害の状態は、国民年金法施行令(以下「国年令」という。)別表又は厚生年金保険法施行令(以下「厚年令」という。)別表第1に掲げる程度には該当せず、厚年令別表第2に掲げる程度に該当し、厚生年金保険法(以下「厚年法」という。)の障害手当金(以下、単に「障害手当金」という。)相当であるが、同人は厚年法の年金たる保険給付の受給権者であるため、障害手当金を支給しない旨の処分(以下「原処分」という。)をした。
3 請求人は、原処分を不服として、〇〇社会保険事務局社会保険審査官に対する審査請求を経て、当審査会に対し、再審査請求をした。
第3 問題点
1 障害厚生年金は、障害認定日(原則として初診日から1年6月を経た日)における障害の状態が、国年令別表又は厚年令別表第1に掲げる程度に該当する場合に支給されることになっている。また、障害の状態が国年令別表に掲げる程度に該当するときは、併せて障害基礎年金も支給される。
2 本件の問題点は、障害認定日当時における、請求人の当該傷病による障害の状態が、国年令別表に掲げる程度に該当していると認めることができるかどうかである。
第4 審査資料
本件の審査資料は、次のとおり(いずれも写)である。
資料1 E病院(以下「E病院」という。)整形外科・高〇康〇医師(以下「高〇医師」という。)作成の次の各書面
1-1 裁定請求書に添付された、国民年金・厚生年金保険診断書(肢体の障害用)(平成17年5月11日現症、同日付。以下「高〇医師作成の診断書」という。)
1-2 社会保険業務センターの照会に対する回答書(平成18年4月12日付)
資料2 社会保険業務センターの照会に対する、E病院・日〇佳〇医師作成の回答書(平成17年9月22日付。以下「日〇医師の回答書」という。)
第5 事実の認定及び判断
1 上記審査資料及び審理期日における再審査請求代理人の一人である由〇B男(以下「B男」という。)の陳述によれば、以下の各事実を認定することができる。
⑴ 高〇医師作成の診断書(資料1-1)から主要部分を摘記すると、次のとおりである。
傷病名:脳梗塞による左片麻痺 傷病の原因又は誘因:不詳
傷病が治ったかどうか(資料1-2で補正されたもの):基本的には症状固定(症状固定日:平成17年5月11日)だが、加齢的変化(筋力低下)等が加わり、障害が増悪する可能性があると考えます。
診断書作成医療機関における初診時所見(初診年月日:平成15年8月13日):嘔吐、口唇のシビレ感にて救急搬送された。左片麻痺があり、頭部CTにて脳梗塞を認めた。
現在までの治療の内容、経過等:8月13日入院。点滴による投薬加療、高圧酸素療法等行った。その後リハビリテーションを行った。平成16年1月23日退院し、その後、外来通院にて経過観察を行っている。
障害の状態(平成17年5月11日現症)
麻痺
 外観(弛緩性)、起因部位(脳性)、種類及びその程度(運動麻痺)
<反射>

   右   左
   上肢  正常  亢進
   下肢  正常  亢進
バビンスキー反射  陰性  陽性
その他の病的反射  なし  ホフマン(+)ワルテンベルク(+)
<その他>
排尿障害(無)、排便障害(無)、褥創又はその瘢痕(無)
握力:右(23kg、左(7kg)
関節の可動域及び運動筋力:四肢の各3大人関節の運動筋力はいずれも正常
<関節の可動域>
部 位運動の     右     左
種 類関節可動域(角度)関節可動域(角度)
  自動他動  自動他動
肩関節屈 曲  180180  180180
伸 展  2530  2530
内 転  2530  2530
外 転  150155  150155
肘関節屈 曲  135145  135145
伸 展  05  05
手関節背 屈  7590  7590
掌 屈  7590  7590
股関節屈 曲  135145  105135
伸 展  1520  1015
内 転  1520  1015
外 転  4550  3050
膝関節屈 曲  150155  120155
伸 展  05  05
足関節背 屈  1015  1015
底 屈  5055  5055
日常生活動作の障害の程度(補助用具を使用しない状態で、一人でうまくできる場合には〇、一人でできてもやや不自由な場合には〇△、一人でできるが非常に不自由な場合には△×、一人で全くできない場合には×で表示)
つまむ(新聞紙が引き抜けない程度) ‥‥右〇左〇
握る(丸めた週刊誌が引き抜けない程度) ‥右〇左〇
タオルを絞る(水をきれる程度) ‥‥‥ 両手〇
ひもを結ぶ ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 両手〇△
さじで食事をする ‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 右〇左△×
顔に手のひらをつける‥‥‥‥‥‥‥ 右〇左〇
用便の処置をする(ズボンの前のところに手をやる) ‥ 右〇左〇△
用便の処置をする(尻のところに手をやる)‥‥右〇左〇△
上衣の着脱(かぶりシャツ着て脱ぐ) ‥‥‥両手〇
上衣の着脱(ワイシャツを着てボタンをとめ‥‥両手〇△
片足で立つ ‥‥‥‥‥‥ 右〇左×
歩く ‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 屋内〇屋外〇
立ち上がる ‥‥‥‥‥‥ 支持なしでできる
階段を登る ‥‥ 手すりがあればできるがやや不自由
階段を降りる ‥‥ 手すりがあればできるがやや不自由
平衡機能
閉眼での起立・立位保持の状態 ‥‥‥ 不安定である
閉眼での直線の10m歩行の状態 ‥‥ まっすぐ歩き通す
補助具使用状況
杖をときどき使用(長時間の外出、人混みの中を歩く時に必要とする。)。
その他の精神・身体の障害の状態(会話状態)
 日常会話が誰が聞いても理解できる。
現症時の日常生活活動能力及び労働能力:4~50分の歩行は可能であるが、易疲労感あり。家事労働は右手を主として行っている。
予後:向後も継続すると考える。
⑵ 日〇医師の回答書(資料2)によると、請求人は、「時間の見当識、最近の記憶、昔の記億、会話理解、意思表示、判断、自発性、興味・関心」のいずれの評価項目についても、障害が全く認められないが、「場所の見当識」及び「気力」に軽度の機能障害が認められ、社会生活能力は、家庭内での単純な家事仕事なら可能である、とされている。
2 上記認定の事実に基づき、本件の問題点を検討し、判断する。
⑴ 請求人は、当該傷病により「高次脳機能障害」及び「左・上下肢の機能の障害」が認められる。
国年令別表は、障害等級2級の障害給付が支給される程度の障害の状態を掲げているが、請求人の当該傷病による障害に係ると認められるものとしては、「身体の機能の障害若しくは病状又は精神の障害が重複する場合であって、その状態が前各号と同程度(注:日常生活が著しい制限を受けるか、又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの)以上と認められる程度のもの」(17号)が掲げられている。
また、厚年令別表第1は、障害等級3級の障害厚生年金が支給される程度の障害の状態を掲げているが、請求人の当該傷病による障害に係ると認められるものとしては、「前各号に掲げるもののほか、身体の機能に、労働が著しい制限を受けるか、又は労働に著しい制限を加えることを必要とする程度の障害を残すもの」(12号)及び「精神又は神経系統に、労働が著しい制限を受けるか、又は労働に制限を加えることを必要とする程度の障害を残すもの」(13号)が、それぞれ掲げられている。
さらに、厚年令別表第2は、障害手当金が支給される程度の障害の状態を掲げているが、請求人の当該傷病による障害に係ると認められるものとしては、「前各号に掲げるもののほか、身体の機能に、労働が制限を受けるか、又は労働労動に制限を加えることを必要とする程度の障害を残すもの」(21号)及び「精神又は神経系統に、労働が制限を受けるか、又は労働に制限を加えることを必要とする程度の障害を残すもの」(22号)が、それぞれ掲げられている。
そして、社会保険庁では、国民年金法及び厚年法上の障害の程度を認定する基準として「国民年金・厚生年金保険障害認定基準」(以下「認定基準」という。)を定めているが、給付の公平を期するための尺度として、当審査会もこの認定基準に依拠するのが相当であると考えるものである。
⑵ 認定基準によると、まず、高次脳機能障害は、第3の第1章(以下「本章」という。)第8節/精神の障害・B「症状性を含む器質性精神障害」によって障害の程度を判定すべきものと解され、それぞれの障害等級に相当するものの一部例示として、2級は「痴呆(以下「認知症」という。)人格変化、その他の精神神経症状が著明なため、日常生活が著しい制限を受けるもの」が、3級は「認知症、人格変化は著しくないが、その他の精神神経症状があり、労働が制限を受けるもの」及び「認知症のため、労働が著しい制限を受けるもの」が、障害手当金に相当するものは「認知症のため、労働が制限を受けるもの」が、それぞれ掲げられている、
次に、左・上下肢の機能の障害は、それが脳卒中等の脳の器質障害による多発性障害の場合には、本章第7節/肢体の障害・第4「肢体の機能の障害」によってその程度を判定すべきものとされ、運動可動域のみでなく、筋力、運動の巧緻性、速度、耐久性及び日常生活動作の状態に主眼を置いて総合的に認定を行うとされており、2級に相当するものとして、「両上下肢の機能に相当程度の障害を残すもの」、「両下肢の機能に相当程度の障害を残すもの」、「一上肢及び一下肢の機能に相当程度の障害を残すもの」及び「四肢の機能に障害を残すもの」が例示されており、「一上肢の用を全く廃したもの」、「一下肢の用を全く廃したもの」もこれに準ずる(認定基準第3の第2章併合等認定基準・別表1「併合判定参考表」参照)。また、3級に相当するものとして、「一上肢の機能に相当程度の障害を残すもの」、「一下肢の機能に相当程度の障害を残すもの」、「両上肢に機能障害を残すもの」及び「両下肢に機能障害を残すもの」が、障害手当金に相当するものとして、「一上肢に機能障害を残すもの」及び「一下肢に機能障害を残すもの」が、それぞれ例示され、「機能に相当程度の障害を残すもの」とは、日常生活動作の多くが「一人で全くできない場合(保険者は「支持・てすりがあってもできない場合」は、これに準ずるとしている。以下同じ)」又は日常生活動作のほとんどが「一人でできるが非常に不自由な場合(「支持・てすりがあればできるが非常に不自由な場合」)」をいい、「機能障害を残すもの」とは、日常生活の一部が「一人で全くできない場合」又はほとんどが「一人でできてもやや不自由な揚合(「支持・てすりがあればできるがやや不自由な場合」)」をいう、とされている。
また、日常生活動作と身体機能との関連については、手指の機能として、「つまむ(新聞紙が引き抜けない程度)、握る(丸めた週刊誌が引き抜けない程度)、タオルを絞る(水をきれる程度)、ひもを結ぶ」が、上肢の機能として、「さじで食事をする、顔を洗う(顔に手のひらをつける)、用便の処置をする(ズボンの前のところに手をやる/尻のところに手をやる)、上衣の着脱(かぶりシャツを着て脱ぐ/ワイシャツを着てボタンをとめる)」が、それぞれ掲げられており、手指の機能と上肢の機能とは、切り離して評価することなく、手指の機能は、上肢の機能の一部として取り扱うとされ、下肢の機能として、「立ち上がる、歩く、片足で立つ、階段を登る、階段を降りる」が、それぞれ掲げられている。
そして、認定基準の第3の第2章第2節「併合(加重)認定」によると、2つの障害が併存する場合は、「併合判定参考表(引用を省略)」の「障害の状態」に該当する障害を対象とし、「併合判定参考表」から各障害についての該当番号(以下「該当番号」という。)を求めた後、当該番号に基づき「併合(加重)認定表」(引用を省略)による併合番号を求め、障害の程度を認定する旨定められている。
⑶ 障害認定日当時における、請求人の当該傷病による障害の状態を認定基準に照らして判断すると、次のとおりである。
まず、「高次脳機能障害」であるが、請求人は、場所の見当識及び気力に軽度の機能障害が認められ、「家庭内での単純な家事仕事なら可能である」とされており、この障害の状態は、前記障害手当金相当の例示「認知症のため、労働が制限を受けるもの」(該当番号:8号)に該当すると認定するのが相当である。
次に、「左・上下肢の機能の障害」であるが、左上肢については、握力が7kgとされ、3大関節の各運動に係る関節(自動)可動域の角度がいずれも健側の測定値と同値とされ、また、3大関節の各運動に係る関節運動筋力がいずれも正常とされているところ、上肢の機能に係る日常生活動作は、「さじで食事をする(左)」が一人でできるが非常に不自由とされているものの、「ひもを結ぶ(両手)」、「用便の処理をする(ズボンの前のところに手をやる/尻のところに手をやる)(左)」、「上衣の着脱(ワイシャツを着てボタンをとめる)(両手)が一人でできてもやや不自由、「つまむ(左)」、「握る(左)]、「タオルを絞る(両手)」、「顔に手のひらをつける(左)」、「上衣の着脱(かぶりシャツ着て脱ぐ)(両手)」がいずれも一人でうまくできる、とされており、この障害の状態は、前記の障害手当金の例示「一上肢に機能障害を残すもの」にも該当しないものである。また、左下肢については、3大関節の各運動に係る関節運動筋力がいずれも正常とされているものの、3大関節の各運動に係る関節(自動)可動域は、股関節及び膝関節において、屈曲・伸展運動の角度の合計がいずれも健側の測定値の5分の4以下に制限されており、日常生活動作(なお、下肢の機能に係る日常生活動作は、原則として、両下肢による協同動作により評価すべきものと解される。)は、「片足で立つ(左)」が 一人で全くできない、「階段を登る」及び「階段を降りる」が、いずれも手すりがあればできるがやや不自由とされ、「立ち上がる」及び「歩く(屋内/屋外)」が、いずれも一人でうまくできるとされ、審理期日において、B男は、「歩く(屋外)」について、請求人は、杖を使用して歩行するも速度が遅く、また、一人では外出ができない、と申述した。この障害の状態を総合的に判断すると、前記の3級の例示「両下肢に機能障害を残すもの」(該当番号:7号)に相当する。
なお、請求人の平衡機能に係る起立・立位保持及び歩行の状熊は、左下肢の弛緩性運動麻痺によるものであって、平衡機能自体に問題はないと判断でき、これは認定の対象とはならないものである。
そこで、前記の併合認定の手法により、請求人の当該傷病に係るそれぞれの該当番号を「併合(加重)認定表」にあてはめると、7号と8号で併合番号は7号となり、併合番号5号から7号が3級の障害の程度とされていることから、障害認定日当時における、請求人の当該傷病による障害の状態は、厚年令別表第1に定める3級の程度に該当すると認めることができる。
⑷ そうすると、原処分は妥当でなく、これを取り消さなければならない。
以上の理由によって、主文のとおり裁決する。

このページのトップヘ